20180105更新

無間の中の仔どもたち

 

 

 

      1 鈍痛

 

 3月というのは嫌いだ。希望の門出、のように無理にどこかに移動させられるというイメージが僕には強くある。そもそも、誰も彼もが希望の光に満ち満ちて、それで高校なりを卒業すると考えているのは誰なのだ。

 「送ってあげるのに」

 そういう祖母の声の中に、この家の人が持つ固有の嫌らしさや、監視のようなどろりとしたものを認めた僕は、

 「最近、運動不足だから、歩く」

 そう言ってから早足で玄関から遠ざかった。

  ガタン、という暴力的な音の後、自動販売機からそれを取り出した。100円で買った甘いだけのミルク珈琲を片手に、琵琶湖疎水を沿って歩いた。

 街というには烏滸がましい。つい先日高校を卒業した僕はこの土地から出て暮らしたことなんて、勿論ないわけだし、他の街なんて数えるほどしか立ち入ったことがない。東京、凄まじく大きな都市。神奈川、田舎者には東京との違いが分からない。名古屋、大阪。

 「おかあさんね、まいちゃんと話していると、目眩がするの。」

 ヒステリックな女性の声。20代の後半あたりなのだろうか。ベージュのトレンチコートに、少し厚化粧の顔。

 「なんでおかあさんの言うとおりに出来ないの。」

 女性は、信号待ちの横断歩道で、背中を丸めて小さな女の児の顔を覗き込んで問い質した。児童は涙を堪え、唇を噛み締めていた。

 

 仔は親を選べない。気づかれぬよう、彼女たちを眺めながら、頭を過る。

 「あなたのせいよ。」

 それは、僕の頭の中でだけ聴こえた声だろうか。甲高い声。瞬間、つんとした鼻腔あたりの痛みと、頬に熱い鈍痛が残った。

 彼女は僕なんだ。赤から青に信号が変わり、僕達があるき出した。痛みは記憶に似ている。記憶の中にある痛みなのかもしれない。或いは、思い出す度、本当に痛みを感じているのだろうか。

  早足の僕を、けたたましいサイレンの音を響かせながら救急車両が追い越していった。人がどうやら命を落とすかどうかの一大事のようだった。

 「温泉に行きたいって言ったのは、あなたじゃない」

 また女性の声がする。酷くヒステリックだ。あたりには、高原に現れた薄い雲のような煙草の煙を吐き出しながら、どかどかと歩く老人がいる。およそマナーが佳いとは言えないが、いっぺんの曇りもない真っ白な人よりも、不良でうまく行かぬ自分を曝け出すような人の方が好きだ。

 大学の正門をくぐり、数字が羅列された掲示板を眺めた。もう用事がなくなった僕は、家とは反対方向へあるき出した。春の空は澄み切って、蒼く、希望に満ち満ちて、ほら新しい場所へ行くのだ、と講釈を垂れていた。

 スーツを着た男と、ジャケットでフォーマルスタイルの女、嬉しそうな子供を横目に、神社の階段を登り、小高い丘にある公園に出た。これ以上登れないのだと理解すると、僕しかいない公園のベンチに腰掛け、僅かに残ったミルク珈琲の空き缶を足元に置いた。

 何の記憶だろうか。まだガスがしっかり残っているターボライターで煙草の切っ先を焼き、吸い込んだ息を吐き出した。白い煙が空に消えるのに合わせ、口笛で、森田童子の「ぼくたちの失敗」を吹いた。

 ああ、と思い出して独り言を言った。

 「温泉なんかに連れてくから、ぽっくり逝ったんだよな。」

 小学生の頃、曾祖母が死んだ夜のことだった。旅館の一階で、群れから逸れた動物のように外を眺めていた。紅い光を温泉街に撒き散らし、大きな車が停まると、人が出てきた。

 そこからは思い出せないが、2日後、曾祖母は脳卒中だかなんだかで死んだ。病院の暗くて冷たい廊下で、女の声が誰かを責めていた。

 「あなたのせいよ。あなたのせい。温泉に行こうなんて言うから。温泉に行こうって言ったのあなたじゃない。」

 ああ、と思い出して独り言を言った。

 「自分が死ぬときまで人の所為にしていたのは見事だった。」

 メンソールの味がする煙草がもうすぐフィルターを焦がそうとしていた。ミルク珈琲の中にそいつを放り込んで、片手に持って立ち上がった。

 「春の木漏れ日の中で」から始まるその口笛の原曲を思い出して、

 「“ぼくたちの失敗”。仔は親を選べないのにね。」

 呟いてから階段を降りていった。

                  ***

 私の、18年ほどであるが、人生を思い返すと、そのほとんど全てが“抑圧”と誰かから視た、“理想の私”であるための戦争だった。誰に逆らうでもない、肩までおろした黒髪に、爪も3日4日の間に一度は切った。化粧はしなかった。

 中学生になったころ、父親が死んだ。それから、母親は元から細い神経が、一層細く、神経質になった。睡眠薬を飲み、睡る。起きてからは、次は目醒めるために処方された薬を飲む。薬がなければ、睡りも目覚めも出来ない人間というのは滑稽だった。

 母方の実家は、愛知の片田舎で威張り腐る地主だった。名古屋の人間は見栄っ張りが多いということをテレビか何かで見聞きしたことがある。あながち間違いではないと思った。

 「東京は駄目よ。愛知にもたくさん大学があるのに。」

 母親の神経質な声を聴くと、どんよりとした気分になる。おおらかで包み込むような父親が亡くなって、この家はバランスを失ってしまった。小学生のときから走ることが好きだった私は、中学に入ってから長距離ランナーになった。走っているときというのは、自分ですべて決めることができる。ペースを早めるのか、どこで終わるのか。

 「競歩の部員が居なくなるらしくて、先生がお困りなのよ。」

 私が通う高校には長距離を含めた陸上部の中に、競歩の部門があった。強豪らしく、毎年全国で上位を争っていたが、去年今年は部員が入らず、3年の部員も医学科を目指すということもあり、今年の一年生が入らないことには先生は困ってしまう。

 「また、黙りこくって狡い子供よね。お母さん、貴方のために学校のこと町内のこと、駆け回ってるの。」

 企業で働いたことのない彼女にとって、それが彼女の人生を人生たらしめるアイデンティティの一つだった。出戻りで母の実家に帰ったとき、私がいるのに母は幼い子供のように泣いた。父親が亡くなったときも、病院で医師や看護師に泣き縋った。その時は、父方の祖父母が来るまで冷たい病院の椅子に座り、時折様子を見に来てくれる看護師さんと話した以外は、無言で何かを考えていた。

 「競歩、楽しそうだね。明日先生に話してみるね。」

 母親の眉間に集まった、怒りにも似た思念が四散していった。

 

 目を覚ますと、新幹線を降りる時間が10分後に差し迫っていた。京都というのは、名古屋から一駅であり、睡るにしてもぐっすりとはいかないような短い時間だった。予め、荷物は下宿に送ってあったから、手荷物はキャリーバッグにボストンバッグを乗せているだけで、身軽なものだった。

 愛知県を出る、ということは私の最初であり、これまでの人生で最大の戦争だった。私が通った高校は、3割程度は国公立の大学に進学し、毎年10人程度は医学部医学科へと進む生徒がいた。私も医学部とまでは言わないにしろ、国公立を目指していたが、母親の苛烈な反対に遭った。

 女子大へ進学しなさい。母親からも、その親からも言われる始末だった。母親には兄と妹が居た。兄は名古屋大学を出て自動車メーカーで働いている。排他的にして、気さくな一面もある人だったが、酔うと面倒で、中学生の私の手を掴んでホテルへ行こうと言ったことがある。当然、母は怒り狂った。

 母の妹はと言うと、兄よりもさらに賢かった。親の反対を押し切り、東大へ進学した。大学を卒業してから、なんとかと言う有名なアメリカの金融会社に入社した。当時、外資系の金融機関というのは変わり者が行く場所で、東大を出れば中央省庁へというのが本筋だったそうだ。

 「ろくでもない男と結婚して、嫌だったけど、お祝いしてやったのにその次の年には離婚して。おまけに開業するからってお父さんにお金を無心してきて。恥知らずの妹。」

  正月に酒を飲んで、親戚の目も憚らず呟いた母親の言葉が、鈍痛のように私の頭の中に居座っている。

 在来線より大きく開いたホームの隙間に気をつけながら、新幹線を降りた。がらがらとキャリーバッグを引く姿を鏡で見て、随分と女らしい体型になったと思った。だらだらとした格好が嫌いだったから、実年齢よりも2つか3つは上に見られることが多かった。165センチという身長も好きだった。もっと高くなれ、と思った。

 京都タワーが見えるほうの出口はどちらでしょうか、という私の質問にはきはきとした滑舌で駅員が応えた。「近鉄」の駅入口を右に曲がり、エスカレーターを登っては降りた。白い外壁に、赤の円。マッチ棒のような配色の建造物が、私の目に飛び込んだ。

 真っ青な春の木漏れ日の中に、私が居た。

     

 

     2 齟齬

 

 高校に入学してから煙草を吸うようになった。多い時は日に一箱以上吸った。大学に入ってからも喫煙癖は抜けずに、授業が終われば煙草を吸うために喫煙所へ行った。サークルや部活への勧誘もそれなりにあり、いくつかの新入生歓迎会へも足を運んだが、どれも自分に合いそうになく、タダ飯タダ酒を愉しんでから、一度も連絡を返さなかった。

 学部で組分けがあったが、同じ組になったよしみで、顔なじみも出来た。実を言えば、顔なじみになった学友の誘いでタダ飯の機会を得た。一般教養の授業でも、初め、一人で授業を聴いていたが、時折長椅子に数人学友が並ぶこともあった。

 それに、アルバイトも始めた。人に物を教えるというのは、自分にわりかし向いた仕事だと思った。とんでもなくよい時給を貰えるアルバイトがある、と大学で同じクラスになった鈴木という男から勧められ、個人指導塾で英語と数学を教えはじめた。

 自分がアルバイトをはじめてすぐに、体験授業をする機会があった。これで学生が入塾すればいくらかの報奨金が貰え、同時にその学生は自分の生徒になるのが通例だった。ゴールデンウィークが過ぎたあとの6月、2人の体験授業を担当して、両方共に入塾することになった。加えて、既存の学生で、担当の講師が決定しておらず、社員が担当していた高校生が3人。いきなり5人の高校生を担当することになった。

 全ての授業が終わると、日報を入力する決まりだった。医学部を目指している、という女子高生。推薦入試で外国学部へ入学する予定の女子高生。何の目標もないが、東京に行きたいという理由で慶応大学を目指している男子高校生。反抗的な男子高校生に、なんの特徴もない、僕の人生になんの影響も与えそうにない男子高校生。

 何の面白みもない、死ぬほど退屈な人間たちが雁首を揃え、日報の中で蠢いた。

 

 「慣れた?」

 小野さんの声だった。理系の大学院1年生で、もう4年ほど講師をしている男性だった。僕が体験授業の準備をしているときに、コピー機の使い方から、可愛い生徒、果ては塾長の悪癖まで教えてくれた先輩だった。

 可もなく不可もなしと伝えると、帰りに一杯付き合え、ということだった。たいして持ち合わせがないと告げると、奢る、と愉しそうに言った。

 日報を書き終えて、入り口まで歩き、2人で塾の受付で会釈をすると、

 「仲良しになったの?」

女性の事務員が言った。俺達は気が合うんだ、と小野さんが返すと、

 「悪の道に引きずり込まれるわよ」

ふざけたような口調で事務員が僕に言った。悪の道、というのがどんなところか知らないが、どうせたいしたところでもないんだろうと思った。

 

 四条烏丸から河原町までまっすぐ進み、木屋町に差し掛かってから北に向かって歩いた。少し北に歩いたあと、木屋町から一つ東の薄暗い路地に入り、壁にぶら下がった襤褸看板の下のドアに「会員制」と書かれ、中でへべれけの男がカラオケで叫んでいる店や、朝までやっている麺屋、売れそうにないバンドの打ち上げ会だかをやっている無国籍料理の店を過ぎた。

 これ、相当でしょ、そう言いながら、嬉しそうな顔をして小野さんが看板に指をやった。白地の看板に黒文字で"Bar 不貞"と書かれていた。僕が不安そうにも興味がありそうにもしないからか、来たことがあるのかと訊かれたが、勿論無いと返答した。

 蛍光灯がぎらりと輝く雑居ビルを3階まであがると、すぐ左手に随分と年季の入った木の扉があった。押すと、からんころんと音が鳴り、10畳ほどの小じんまりとした店内に、カウンターが一つあり、窓の近くに4人ほど掛けられそうなソファが見えた。

 「あら先生、お弟子さん?」

 あまり年齢が分からない、オーナーをしている女性が言った。

 「彼は大物だよ。いきなり何人もの高校生をたぶらかしてるんだ。人誑しの大物だね。」

 髪の毛からつま先まで、じろりと見てから、

 「先生が好きなタイプよね。」

 女性が、首を少しかしげて笑顔で言って、

 「そっちの気はないけどね。」

 ジャケットを脱ぎながら小野さんが言った。

 

 小野さんは、この店には学部生の時から来ているようで、他の客とも顔なじみだった。「先生」、「小野さん」、「教授」、色んな風に呼ばれていた。

 カウンターの一番左端に座ると、木目調のカウンターにおしぼりとコースターが置かれた。どれがなんの酒だか分からないので、小野さんと同じものを、と言うと、小野さんが、それとチェイサーあげて、と付け加えた。

 四角のロックグラスに丸い氷が一つ。茶色の液体が少しずつ氷を溶かしていた。中身はマッカランというウイスキーで、小野さんは、口に合うかどうか、と言ったが、匂いは強かったがわりかし美味いものだと思った。

 小野さんは一杯目をものの数分で飲むと、また同じものをオーダーした。僕の方に一瞥くれたが、まだ中身があったので、おかわりを受け取り、ロックグラスをコースターに置いた。

 「さっきの悪の道、なんて話なんだけどね。」

 銀縁の眼鏡の真ん中を指であげて、僕の返事を待たずに、

 「あの事務員こそ"悪の道"をひた走っているんだよ。それこそもうぶっちぎりでさ。」

  少し嬉しそうに言った。

 「いい人にしか見えないですけどね。」

 当たり障りなく生返事をすると、小野さんは彼女が如何にして悪の道を独走しているのかを演説した。

 「彼女は、私大卒の26歳で、彼氏はいるが、不倫をしている。相手はなんと塾長だ。塾長は訊いたところによると40後半で、子供もいる。まぁもともといい噂のない男でね、これは真偽の程は定かじゃないが、講師の女子大学生にも手を出している、という話も聞く。それと不倫してるんだ。悪の道ってのは、彼女にこそご教授頂くのが筋だろうな。」

 二杯目の酒に口をつけると、一気に頭がぼうっとなった。ぼうっとなると、なんでも訊いてみる気持ちにもなる。

 「塾長の食指はまたどこかに伸びてるんですか。」

 そう言うと、待ってましたと言わんばかりに、ここだけの話と断ってから、塾長が目をつけていそうな美人の新人講師の話を始めた。新人の講師は、僕と同じ1年生で、女子大に通っているということだった。

 「少し話しただけだけどさ、関西弁じゃないんだよな。標準語で話してる。でも、九州のイントネーションもない。俺は熊本出身だから、そっち方面なら理解るんだよ。田舎もんはぽろっと出るもんだから。」

 「東京なんですかね。」

 「いやぁ。」

 迷宮入りの事件簿にうんうんと唸りながら向き合う刑事のように頬杖をついて、

 「岐阜や三重あたりだろう。」

 と、言った。根拠もないが、京都の女子大に進学してくる他府県の女性というのは、岐阜や三重県出身の人が多い、という彼の持論だった。

 

 酔いを醒ますために、一寸歩こう。小野さんに言われ、7月になったばかりの三条通を東山へ歩いた。小野さんは学部のときは下宿を元田中にしていたが、大学院になってから三条の東大路沿いのマンションに引っ越したそうだった。自分の家もそこにわりと近いので都合がよかった。

 先に小野さんの下宿先のマンションに着いた。マンションの一階に置いてある二台の自動販売機に虫が寄り付いていた。

 「それとね。」

 小野さんは、僕の肩を叩いてから、

 「女ってのは、天来の娼婦なんだよ。」

 と言った。

 言葉の意味が理解らずに、てんらい、と繰り返すと、

 「しかし、同時に、嘘を吐いて、誰かの所為にして、人を裏切る為に生きているんだ。そう心得て、大学生活を満喫するように。君のためだから。」

 ヒステリックな女性の声で、あなたのせいよ、という言葉が頭の中をこだました。

 ありがとうございました、と告げ、帰途についた。途中、携帯電話で"てんらい"を調べようと思ったが、電波が悪くて面倒になってやめた。ポケットに手を突っ込んだついでにターボライターを取り出して、家に入る前に煙草に火を点けた。

 煙を大きくゆっくりと吸い込んで、白川に向かって吐き出した。川からの涼風で煙は遠くに消え去った。煙草の匂いに、微かにウイスキーの香りが混ざったが、大変心地よく、次からは遠慮せずに呑みながら煙草をやらせてもらおうか、と思った。

 もうすぐ季節が夏に変わる、満点の夜空の下に僕は居た。

                 ***

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